Zinnia hacks tomorrow. (Digest)

はやおきをすると、いいことがあるよ
(なかまにしてほしいといっています)

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オリジナルはrisky-safety.orgの方です。zinnia.dyndns.orgはミラーです。

アンテナ被捕捉状況: 1コ上におひっこし

他の記録

おしらせ

とくになし。強いて言うなら転職したいです(重大すぎ)

2016/09/29 (Thu)

_ 夏休み。ほぼ寝て過ごす。 ジョンと長目の散歩ができるのはよいことだと思う。 適度な運動をしつつのんびりするのは積極的休養というやつで 疲労回復には役立つらしい。ジョンと散歩するのが適度な運動なのかどうかは 分からんが…

_ 仕事に関していろいろ考えていることをちびちびと書いていたんだが まとまりがなくきりがないのでなかなかアップできない。なので適度に (?) 整理して 少しずつ上げてゆくことにした。


= 仕事の話

_ ここのところ妻の仕事の技術サポートみたいなことをしている。 私の会社は副業を禁止しているので金をとるわけにはいかないため、 単に妻が困っていることの手伝いをしているという程度。 自分の責任がとれないコードを書いたりするのは私の思い描くプロ像とは だいぶ乖離しているが、妻が潰されてしまうことは家庭にとって マイナスでしかないし、幸い妻が直面している問題の中には私が解決可能な 問題もあるので、そういう動機で力を貸しているという状態。

_ なので休日は基本的にそちらの内容を中心に生きている。立場の違いもあるだろうが、 妻は休日返上で仕事、とくに開発をしていることにはやはりストレスを 覚えているようで、一方私はそういう感情はほとんどない。 なんでかな、と思ったふりをして、自分の中では当たり前すぎて疑問にも なっていないことに気付く。

_ いっしきさんの「無ければ作れば良い」というのはプログラマの特権だよねという見解が私の行動原理を端的に示しているので 再度引用しておく。私にとって趣味や仕事でプログラムを書いたり、PCやサーバを いじったりするという行為に対して、今後の自分の生活を、場合によっては他の人の 生活を豊かにすることにつながるという信念を持っている。この信念は ただそう信じたいというだけではなく、 実際にそうなっているという実感を伴っている。 (その「実感」が錯覚でない保証はないが…というような判断留保を毎回書くのは 煩雑なのでここの文章ではこれ以上書かない…つもり←また留保か)

_ なので仕事であってもそこで身につけた技術や能力、スキルが自分の今後の役に 立つのであればあまり苦には思わないほうだ。もちろん、仕事それ自身がまるごと 役に立つということはないが、たとえばEMVならそのベースになるISO7816や ISO14443、PC/SCの理解につながるし、それは他のスマートカードを使うときに 役立つわけだし、それがどういうものなのかを 実体験をもって理解することができていて、自分の言葉で説明できるという状態まで 来ているものは、自分の中の財産であると言っていいと思う。 技術・能力・スキルというのは常に新しいものでなければいけないということもない。 素早く正確にできるというのも立派な能力だ。そう考えると 「同じような仕事」に対する取組みかたも変わってくる。

_ 技術の行使が、最終的に自分に帰ってくるという意識があるので、 目に見える形での対価はかならずしも重要ではない。また、技術を媒介として 自分の知らない世界のことを知ることができる、という経験も また嬉しいものだと思っている。EMVなんかもそういう意味ではよい経験になっている。 いろんな技術を組み合わせてクレジットカード決済としてどう成立させるのか、 どこに何を生かすのか、といった知見は有意義だと思う。 反面、行使する技術も程度が低くて、あまりに狭い世界の話になるとあんまり 楽しくないなあと思ってしまう。今でもCOBOLが活躍している世界とか。 (COBOLそのものに恨みはまったくないし、以前勉強したときにはそれなりに 面白い環境だと思ったけど)

_ こういうふうに仕事を分解して自分の中にとりいれることができるというのは、 「好きを仕事に」の一形態なのかもしれない。かなり屈折しているのかもしれないが。 ITの世界にはこういう考えかたの人が多い…のではないのかな。そうでもないのかな。 常に新しい面白い仕事をしたいと言って不平ばかり言っている人もいるから そうでもないのかもしれない。自分にとって面白いかどうかなんてのは 私にとってはあやふやな感覚すぎてとても頼りなく感じてしまうもんだけど。


= 起業

_ ここ数ヶ月転職のことを考えている。転職そのものは起きてから寝るまで、 へたすれば寝てる間も考えているわけなので別にここ数ヶ月の出来事ではないが、 普段考えているのは単に可能性の話であり、チャンスを見逃さないようにするための 心構えみたいなもんだ。それに比べるとここ数ヶ月のものはもう少し能動的なもの。

_ 自分には起業に関する意欲がほとんどないと思っている。 ほんの1年前にも同じようなことを書いているし、 2011年に偶然読んだ起業に関する本も、 別に起業の予定はないしなあというテンションの低さのまま読んだ記憶がある。

_ 起業に対する意欲の低さは、やはり会社に勤めていた方が楽だよなあ という点に尽きる。誰にだって耐えがたいことはあるわけで、 自分にとって何が我慢ができて、何が我慢ならないのか、という分けかたをした場合、 会社勤めの方がストレスが少ない、のだろう、という感覚を持っている。 起業したことないので本当のところは分からないけど、自分にとって苦痛なことを しなければいけないことが多いんだろうな、という予想があるわけだ。 それは単に未知のものに取り組むときに当然覚えるストレスもあるだろうし、 自身が経営者となることに対する本質的なストレスもあるのだと思う。

_ 今の会社は、将来性という点に目をつむると、 自分で開拓した居場所があって、自分の声をきちんと発することができて、 隅々まで目が届くという点では非常に居心地がよいし、仕事はそこそこ楽しい。 楽しいことばかりではないが、仕事なんてそんなもんだろう。 同僚・上司・経営者は個人レベルでは好人物が多い。ただ、私が思い描いている 「会社が備えているべき性質」が、この会社には著しく欠けていて、 たまにこの会社にいる自分が嫌になる。 そういう頻度がここ数ヶ月増えている…というところで冒頭の話につながる。

_ 会社が備えているべき性質というのは、個人の力を合わせた以上のものが 出るところにあると思っている。原因と結果がすべて自分の選択と 直結しているということの繰返しはきついもので、そこに会社という 弾力性のある組織によって感覚上の距離を置くことで、 個人の力ではできない選択や社会的責任・貢献ができる…可能性があるというところに 私は会社の価値を求めている。また、そういう環境の中で力を発揮することで、 ひとつ前のトピックで書いたように自分に帰ってくるものがある、ということは 喜びであり、私が会社勤めに求める意味はそこにあると思っている。 中にはほぼ独立した個人事業主的な人が集まって法人を作っている梁山泊的な 会社もあるようだけど、個人的には、そういうのは NPOとかボランティアが身を守るためにやるならありだけど、会社として考えると あまり意義を感じない。

_ もちろん人が沢山集まればそれだけで力を発揮するということはなく、 かえって意思決定が遅くなったり、できなくなったりすることもある。 結局少数の個人が自発的だったり必要に迫られたり逃げられなかったりで、 どういう責任の下なのかよく分からない決定を下してどうにか現場が動いてゆく、 ということが起きてしまう。 その上、何か問題が発生したときに、意思決定を先送りにした負い目を感じて 今度は組織全体が動いてくれる…なんてことはなく、結局その少数の個人が 問題解決集団的な動きをしてどうにかおさめる… なんていう繰返しになる。 それ自体は有意義な経験の連続ではあるけど、会社として存在する意味がないと思う。 知らなくて当然の話にも通じるのだけど、 本来それをするべきと私が考えている人達に対して、 判断の基準となるべき知識が圧倒的に欠けていることをこちらが埋め合わせして、 それでも結局判断らしきものが出てこないという状態の連続対して、こちらが さらに何かをしなければいけないという状況に疲れてしまった。

_ 私が求めているものは特に高尚なものではなくて、 単に困っている人がいたら助ける、お互いに助け合う、というレベルの話だと 思っているんだけど、「組織の持つ弾力性」というやつは、 何もしないで文句ばかり言う人間の温床となるという側面もあり、 その悪い側面ばかりが出てしまうと、一部の人間だけが苦しんで、 大部分の他愛のない人達は言うことだけは大企業のエリート社員なみに立派で、 自分は評価されていないという不満を口にするようになる。 そういうものを目撃するのはとても惨めで気分が塞ぐ経験だ。

_ といったあたりを痛感するエピソードが最近たてつづけに起きており、 この会社の一員でいる必要はあるのだろうか?という疑問が強くなってきた。 そこに加えて、妻の仕事を非公式に手伝っている昨今の状況を見ると、 円満に独立して今の仕事の一部を続けながら妻の仕事を手伝いながら 生きてゆくということも短期的には可能なのかもしれないなあ〜 という漠然とした 思いが芽生えてくることになる。魔がさしている、というだけの話なのかもしれない。 単に疲れているだけであれば時間が解決するという話でもあるのかもしれない。


= 困難を乗り越えるということ

_ ここにいたくないという思いを強くする原因の一つに、心が貧しくなるような仕事が 多すぎるというのがあると思う。こちらは奴隷でも犯罪者でもないのに、 なんでそんなことをやらなければいけないの、という反発を覚えるような エピソードが多すぎる。

_ 無意味な苦痛には耐えられませんが、その苦痛が目的があるものと信じれば大きな苦痛にも耐えることができます という話に通じるように思う。「誰かが耐えると決めた苦痛」を こちらが耐える気になるかどうかということだろう。 そこには共同体意識でも宗教的意識でもなんでもいいけど、共通のフィクションが なければいけないように思う。我々に課せられた試練だ、 とか、これは飛躍のチャンスです、とか。 そういった幻想を抱く余地がなくなっているように思う。 さらに加えて、本当に「耐えると決め」たのか?という疑念もある。 自分達が何を選ぼうとしているのか分かっているのか非常に疑問だし、 本当にやるんだよね、これ? という覚悟を感じない。どちらかというと 自分が耐えるというよりは、誰かに耐えさせることを決めた、ということに 過ぎないように見える。惨めになる、心が貧しくなるような仕事だと 受け取るこちら側の心の動きはこんなところだと思う。

_ 何に耐えなければいけないのか、何が耐えられるのか、という比率によって 会社勤めと独立と、転職と… という選択肢の間を揺れ動いているわけだけど、 そういう意味ではここに残ることに要する忍耐の中に、受け入れがたいものが 増えてきたというだけの話なのかもしれない。


2016/09/28 (Wed)

_ 膝の痛みは移動しているのではなく両足それぞれに質の違うものがあるようだ。 階段降りるときは左足が痛く、歩いたり座ったりしているときには 右足に違和感がある。

_ 疲労の蓄積がひどい。考えてみたら8月末から負荷が高いままだ。 休みなしで働いているというほどではないけど、疲労は少しずつ蓄積するし、 回復は一気にするもんでもないので、長目に寝る日を1日や2日過ごしたら 翌日からすっきりとするなんていう、 骨つきのもも肉を喰ったらHPが回復するみたいな都合のよいことは起こらない。

_ そして疲労回復には睡眠が一番よいような気がするものの、 二日がかりで寝るといったことはできない。 連続して眠るのには限界があるので、結局のところ、疲労が少しずつ蓄積するのと 同様に、疲労回復も少しずつしかできないということでしかないのだろう。 妻は肩〜首の痛みがあってよく眠れないらしく、そういう点では私よりもハンデが 大きいようだ。

_ つまり負荷を下げる生活を一定量続けないと疲労は回復しないだろうなあという 当たり前の事実を再確認しただけだな


2016/09/27 (Tue)

_ 今日〜明日は比較的気温が高く30度を超えるらしい。 今年の30度超えはこれが最後だろうか…そう考えると名残おしいな。

_ 膝の痛みは左足から右足に移動した。器用なもんだな…


= ギケイキ 千年の流転

_ まだ連載が続いていて全4巻になるということを知らずに読み進めたので 話の進みが遅いし義経記を逸脱した何かが出てくる気配もなく、 頼朝が挙兵して義経が合流を目指しているあたりで終わってしまい消化不良気味。

_ 義経が現代に甦ったのかそうでもないのか、ともかく現代に当時のことを 回想しつつ執筆するという形をとっている一人称の小説だ。 思ったよりまともに義経の半生をなぞっているなあと思った。もちろん 町田康の小説なのでまともではないんだけど、町田康を読むと決めた際には 当然の心構え、たとえば山道を歩くときに石がごろごろしていることを 問題にする人はいないし、ちゃんとそれなりの靴を履くだろうし、そういう 類の心構え、準備というものをして取り組むわけなので、そういう点で 普通、まとも、という感想を得ることになる。寝床を求めている人にしてみれば こんな岩がごつごつしたところで寝られるかという話になるのだろう。 そういう心構えというか、何を読もうとしているのかに対する自覚というものの 有無の差はでかいように思う。

_ 物語はまだ1/4なわけなのでこの先どういう展開になるのかは気になりつつ、 しかし大きな盛り上がりがあったわけではないので冒頭に書いた通り少し消化不良。


2016/09/26 (Mon)

_ なぜか左膝の、皿よりも少し上のところが痛い。階段を降りるのが けっこう辛い。何がきっかけだったのか、さっぱり心当りがない。 久しぶりに走ろうと思ったんだがそんな案配なのであきらめた。


= Stored Procedure と Stored Function

_ 記述力があまり高くないので大変。ローカルで使い捨てられる関数というものが ないので同じようなことを繰返し書かなきゃいけない。 サーバーカーソルと組み合わせられるのはよいことでもあり悪いことでもあるような気がする。

_ Stored ProcedureはCLRのやつもあった気がする。ちょっと見た限りでは なかなか面倒そう。とくに配置のあたりが… PL/SQLで文字列処理を書いていると絶望的な気分になるので、C#なんかで 書ければかなりいいような気がするのだけども


= シャンプー

_ ミミ子のシャンプーをお願いしているトリミングサロンにジョンのシャンプーも お願いしたところ受けてもらえた。吠えて騒ぐこともなく、 今までまったくできなかった顔まわりも少しはやることができたらしい。 すごすぎる。ありがたい話だ。



= VIEWのように使えるStored Procedure

_ 今取り組んでいるシステムはあらかじめ作ったVIEWに対してUIで列選択やら フィルタやらを指定できて、それをベースに一覧作ったりレポート作ったりという SalesForce的なことができるようになっているのだが、 なにぶん、あらかじめ準備するものがVIEWなのでVIEWの記述力に制限されてしまう。 たとえば超複雑な結果セットを一時テーブルを駆使しつつ作りあげる、 というようなことをVIEWでやることはできない。

_ ADO.NETとかだとStored Procedureからの戻りと普通のクエリの戻りは同じような 扱いで処理できるけど、TransactSQLの世界では、 Stored Procedureからの結果セットをさらに SELECTかけるような、つまりVIEWのように使うことは、すんなりとはできないようだ。 Stored Functionだと、使いかたとしては求めているものに近いんだけど、 一時テーブルとかを駆使した…となるとやはりそれは無理なので厳しい。

_ INSERT INTO 〜 EXEC 〜 という構文があって、これでStored Procedureの結果セットを テーブルにおさめることが可能らしい。なので一時テーブルなどに 入れてあげればその後SELECTなんかも自由にできる。のだけど、 これをやるためにはあらかじめ一時テーブルを作っておかなければいけないので、 結果セットのスキーマが分かっていなければいけない。それは悲しい。 対になるVIEWをかならず準備しなければいけない、という縛りをつけられるなら、 SELECT TOP 0 * INTO 〜 FROM 〜 で作ることはできるけど。

_ ああ、 「2.親ストアドプロシージャ内で一時テーブルを作って、その一時テーブルがあるのを前提に子ストアドを作る。」は、ありかもしれない。 その手があったか、と思った。


2016/09/23 (Fri)


= 早起き

_ 少しだけ早起き。フトンを粗大ごみに出した。 防水シーツをしているとはいえ、 頻繁にジョンのおしっこをひっかけられていたり、 犬たちと一緒に寝たりしているせいか、直接汚れたわけでもないのに 思わず怯むほどの獣臭がしていた。

_ 新しく導入したのはつなげて平らにできるマットレスらしい。 妻と私のフトンに段差がなくなったので、犬たちにとって快適に見える。


= データベースのデッドロック

_ 「データベースの復元」のダイヤログが開かなくなって、おかしいなあと思いながら 久しぶりにクエリを書いてリストアしてみたところ失敗した。 仕方ないのでシングルユーザーにしてみたところ、それ自体はうまくいったんだが、 それっきりマルチユーザーにも戻れないしオフラインにもならないし デタッチもできないし、削除もできないようになってしまった。 エラーコードは 1205 で、デッドロックを起こしている旨のメッセージ。

_ ブロックしているセッションはどうもユーザーセッションではないらしく、 利用状況モニタにも出てこないし、直接IDを指定してKILLしても失敗。 サービスを上げなおしてもリブートしてもデッドロックは変わらず、 結局、RESTRICTED_USERモードに移行させ、その際にWITH ROLLBACK IMMEDIATEを 指定することでようやく消すことができた。

_ SET DEADLOCK_PRIORITY HIGH せよという話もあったのでやってみたが、 MSDNを見る限りではデッドロックの優先度を変えるだけで、すでに起きているデッドロックを どうにかするものではないように見える。





Zinnia (zinnia@risky-safety.org)
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